ドラッグの歴史
ドラッグの歴史は、合法ハーブやドラッグの歴史について説明します。
【たけし 覚醒剤(ヒロポン)について語る】
「覚醒剤なんて浅草のフランス座行ったら昔はいっぱいあったんだから。」
「南利明さんが打っちゃったって噂があるしね、三波伸介さんとか由利徹さんとか。」 「由利さんなんていまだに『おれの血液の半分は覚醒剤だ』って言ってる。だからいまだに元気がいいって。『あれはやっとくべきだぞ』って。」
「うちの師匠なんて王子の方に買いに行ったことあるんだから」
「その情報がどっから入ってくるかわからないけど、覚醒剤やってるとそういう情報が天の声みたいに聞こえてくるんだって。」
「それで(師匠が)王子に買いに行っちゃった。その匂いで”ここだ”って見つけた。汚いアパート。ドア ギーって開けて『すみません、ヒロポンありますか?』って言ったら『はーい』って声が聞こえて、ここにゴム管(ハチマキのように)くーっと縛って、ここ (こめかみのあたり)に注射器ぶらさげたオヤジが出てきたんだって。『今ちょうど煮立のあったかいのあるからさめるまで待ってろ』って。」
「岡晴夫さんも歌いなが打ってたって。(舞台袖に片手入れて)♪ドラの音たのし〜♪って」
「だって売ってたんだから、ヒロポン。昔はちゃんと薬局で売ってたんだから。それが戦後だめになったんだから。昔は、いいんだよあれは、売ってた。戦後はダメになったんだよ。」

昔から薬物に手を染めている芸能人は多く、芸人ではミヤコ蝶々、三波伸介、東八郎、かしまし娘などの実名をあげたが、1951年の覚せい剤取締法執行まで「ヒロポン」と呼ばれる薬物は合法だったため、使用していたとも説明する。

たけしがフランス座にいた頃は、ダンボールにアンプル(注射剤)が山積みになっており、皆、これを使用してから舞台に上がっていたようで、これにはさすがのたけしも「驚いた」と明かしている。
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